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第一八話 『制服の朝』

 翌朝、京介が目覚めるとそこは保健室のベッドだった。
 眠ったのが保健室のベッドで、起きたのも保健室のベッドなので、おかしなことは何も無い。一瞬
何がどうなっているのか戸惑ったが、京介はすぐに落ち着いた。
 昨日の戦闘で負傷し、『仮死薬』を中和して、保健室のベッドで一夜を明かしたのだ。
(それはいい。それには文句はないんだが……)
 上半身を起こして、京介は眉を顰める。
 カーテンを閉めずに寝たせいか、窓からは朝日が差し込んでいる。昨夜は雨だったので、その分空
は澄み渡っていて、心まで澄んでいくような快晴だ。
 視線をずらして、京介は自分の隣を見た。のんきな顔をして眠っている、銀髪の少年を。
(…………何で隣で会長が寝ているんだ?)
 怒ればいいのか、呆れるべきなのか、嘆くべきなのか。
(困るべきなんだろうな)
 会長のおかしな行動はいつものことだ。それが朝から我が身に降りかかって来たのを嘆くしかない。
 小さくため息を付いて、京介は会長の肩をゆすった。
「会長。朝ですよ。起きてください」
「……んぁ……? 京介君? 何でこんなところに」
「それはこっちの台詞です。ちゃんと護衛して下さいよ。一緒になって寝てる場合じゃないでしょう」
「いや、朝方までは起きてたんだよ。だけど、なんか寒くなってきたし、眠くなってきたから」
「それで寝てたら護衛になりません。大体寝るにしても別のベッドで寝てください」
「寒い中、寒いベッドで寝たら風邪を引いちゃうよ。その点、こっちは温かかった」
 会長と口論しても無意味だと悟り、京助は思考を切り替える。
「それで、今のところ異常とかはないんですね?」
「昨日の今日だからね。今まで敵の気配も攻撃の予兆も感じなかった」
 ベッドから抜け出して、会長は伸びをする。両手をベッドについて、身体を大きく逸らす仕草はど
こか猫のようにも見える。
 時計を見ると、時間は午前五時を少し回っていた。
(昨日は寝る時間が早かったからな)
 身体の調子を確かめるため、京助はその場で立とうとしてみた。
 普段よりも身体が重いような感覚はあるが、何とか立ち上がることができた。支えがなくても、転
ぶようなことはない。少し経てば歩けるようにもなるだろう。
 それでも長時間立つのは負担が大きそうなので、すぐにベッドに腰を下ろす。
(日常生活には問題なさそうだが、やはり普段と比べると……)
「回復の具合は十五パーセントってとこかな?」
 横を向くと、会長がさわやかな笑みを浮かべながら京助を見ていた。
「そんなところですね」
「授業には出れそうかい?」
「多分、大丈夫だと思います。……あ、ところで会長。俺の制服の替えってありますか?」
 京助が今着ているのも制服だが、昨日の戦闘でぼろぼろになっているし、おまけに血まで染み付い
ているので、このまま着るわけにはいかない。
「僕のじゃあ小さいだろうし。君は予備を学校に置いてないのかい?」
「学校には置いてませんね。まさか、こんなことになるとは思っていなかったので」
 だろうね、と会長が納得する。
「うーん。でも、そうすると君の制服はどうしようか。前に見本用として使ったのが倉庫に残ってた
らいいんだけど、処分しちゃったような気もするし」
「自宅に取りに戻るしかなさそうですね……」
 京助が諦めながらそう呟いた時、会長が手を打った。
「あっ、そうだ!」
「何か思いつきました?」
「いっそのこと副会長のを借りたらどうかな。僕よりは背丈も近いし」
 確かに用意周到な薫ならば制服の予備を置いていても不思議ではないが……
「……俺にスカート履いて授業を受けろと?」
「京助君がそういう趣味だったってことにすれば、何の問題もないじゃないか」
「大ありですよっ」
 会長に突っ込みを入れる。会長の言葉はボケているのか、本気なのか。いまいちわかりづらい。
「えー。いい案だと思ったのになぁ」
「その案は会長の予備が無くなったときに使ってください」
 呆れながら京助が呟いた瞬間、
 ――こんこん。
 突然窓が叩かれた。
 京助と会長が窓の方に目を向けると、外には響子が立っていた。まだ朝早いと言うのに既に制服に
着替えていて、少し眠そうな顔をしている。
 会長が窓の鍵を外して、するすると窓を開く。
「相変わらず能天気な顔してるわね、あんたら」
 窓枠にひじを乗せて、身を乗り出しながら響子が言う。
「君は少し眠そうだね」
「早起きしたからよ。これが必要になると思ってね」
 響子は左手の紙袋を持ち上げてみせる。
 一瞬訳が分からずに京助が首を捻ると、響子は紙袋を放り投げてきた。
 ベッドの上に落ちた紙袋の中身を覗き込むと、そこに入っているのは学校の制服だった。それもサ
イズは京助に合ったものだ。
「これは……」
「どうせ必要になると思って、昨日のうちにあんたの家から取っといてやったのよ。副会長からあん
たが帰らないことは家の人にも伝わってたからすんなり渡してくれたわ」
 あっさりと響子は言ってのける。
 言うのは簡単だが、わざわざ京助の家に取りに行き、こうして朝早く持ってくるというのは結構な
手間だったはずだ。昨日は響子も戦闘をして疲れていたからなおさらのことだろう。
「……ありがとな」
「感謝してるなら早く身体治しなさいよね」
 響子はそう言い、視線を会長へと向けた。
「異常は?」
「なんにも。京助君は順調に回復中、そしてここは平穏そのものさ」
「……そう」
「そんな心配しなくても大丈夫だよ。京助君には僕がついてるんだからね。それよりも、響子君こそ
寝不足は身体に悪いよ。ここで少し仮眠を取ったら?」
「ここって……そこ?」
 ぎこちない動きで、響子は京助の隣のベッドを指差す。
「うん。丁度一つ空いてるし、君も家まで戻るのは大変でしょ」
 会長は頷き、からかうような笑みを浮かべる。
「それとも、京助君の隣だと照れちゃうかな?」
「ば、馬鹿言わないでよっ!」
 怒ったのか顔を赤らめると、響子は窓枠を飛び越えて保健室に入った。
「ただ、それほど眠くないから迷っただけ! それだけよ」
 二人に背を向けたまま、響子は乱暴にベッドに腰掛ける。
 ふと、会長の視線が京助の方を向いた。
「京助君はもう眠くないよね?」
「結構睡眠を取ったので、もう十分です」
「それなら僕はちょっと席を外させてもらうかな。何かあったら響子君を起こしてね」
「わかりました」
 仮死薬の効果が残っているとはいえ、京助の感覚器官には異常は無い。戦闘はできなくとも、周囲
の警戒ぐらいは自分ですべきだ。
 保健室の出口へと足を進めた会長は、途中で足を止めて振り返った。
「京助君」
「何ですか?」
「響子君が寝てるからって変なことしたら駄目だよ?」
 枕が会長の顔面に激突した。
「とっとと行け!」
 響子が叫ぶ方が、京助の突っ込みよりも早かった。
「お大事に〜」
 からかい混じりの笑みを残して、会長は保健室から出て行った。
「……」
 無言のまま響子は投げた枕を拾いに行き、戻ってくるなりごろんとベッドに横になった。
「今から寝るけど、何かあったらすぐに起こしなさいよ」
「そうさせてもらうよ」
「あと……」
 声の調子に緊張が少し混じったので、京助は思わず振り返る。
 響子は口元までシーツをあげて、無言で京助を凝視していた。
「あと?」
 答えやすいように京助が聞き返す。
 すると、目元だけを覗かせている響子はぽつりと言葉を漏らした。
「……変なことしたらぶっ飛ばすから」
「誰がするかっ!」
 京助の突っ込む声が、早朝の学校に響いた。
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++あとがき++ 本当はもう少し別なシーンも入れるはずだったけど、 なぜだか保健室での会話だけで終わってしまった。 内容詰め込みすぎて、テンポが悪いかもしれないな。 でも、こういうほのぼのとしたシーンを書くのも結構楽しい。 しかし、更新の間隔がすごいことになってるなぁ。 もう少しまめに書くようにこころがけたい。