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第一七話 『敗北の残雨』

「なるほどねえ。ぼろぼろに負けちゃったって訳か」
 身も蓋もなくそう言って、会長は一人頷いた。
 現在、副会長を加えた生徒会メンバーは学校の保健室にいた。治療済みの京介がベッドに寝かされ、
それを三人が囲っているという状態だ。
 雨に濡れた身体や髪をタオルで拭きつつ、まずは京介が報告をした。
 追跡中に『人形遣い』の襲撃を受けたところから響子に助けられたところまで。
 敵の特徴や能力の推測、その他もろもろの事項を報告し終えた後に、会長の痛切な感想があったと
いうわけだ。
「まあ、そうなりますね……」
 事実であるだけに京介は反論できない。
「まあ、何はともあれ、全員無事ってことは喜ぶべきだね」
「無事、ね。京介のアホはしばらく動けないみたいだけど」
「そっか。仮死薬の効果があるのか」
 困ったような顔で、会長は腕を組んだ。
 人形遣いから受けた『仮死薬』は未だに京介の身体の中に残っている。中和剤で打ち消したので、
命の危険まではないが、完全に回復するには数日かかるのだ。
「回復は良好ですが……現状では日常生活が限界です。戦闘行為までとなると、最低でも二、三日は
掛かると見ておいた方がいいでしょう」
「人形遣いからの襲撃を考えると、京介君の護衛が必要になるね」
「……すいません」
 なんだかいたたまれなくなって、京介は謝る。
「いや、君が謝ることでもないさ」
 意外なことに会長は首を横に振った。
 普段はおちゃらけていてもやはり会長なんだな……と少し見直しそうになった京介に、会長は続け
て言った。
「別にこれで貸しが一つできたとか、その代わりに京介君を下っ端のようにこき使おうなんて考えて
ないから安心して良いよ」
「……すごく不安になりました」
 苦々しく京介は呟く。感心して損してしまった。
 会長は表情を切り替え、改めて全員の顔を見回した。
「ま、冗談はさておいて。京介君の護衛はどうしようか」
「あたしは嫌よ。足手まといを抱えながら戦うなんて」
 真っ先に拒否したのは響子だった。
「どうしてだい? 京介君を助けたのは君だったろう。できないことはないんじゃないか?」
「できるにしても、面倒くさいってことよ。一対一ならまだしも、相手は人形遣いなのよ? 何十体
も一気に襲ってきたら守りきれる確証もないわ」
「ふむ」
 あごに手を当てて、会長は視線を副会長に向けた。
「君は……」
「無理ですね」
 あっさりと薫は否定する。
「生徒会の方もありますし、『人形遣い』の調査も継続するので四六時中の護衛は困難だと思います」
「生徒会の方は僕と響子君に任せちゃったら?」
「それも考えましたが、まず会長は当てになりません。それに村本さんは優秀ですが、生徒会に入っ
てから日が浅いのでまだ不慣れなところもあります」
「むむむ……京介君の護衛は誰もできないことになっちゃうぞ。どうしよう」
 わざとらしい言い方で、会長は言う。
 響子と薫の視線が会長へと向いた。呆れるような目で二人とも会長を見ている。
「何? 僕は今間違ったことを言ったかな?」
 とぼけた会長の言葉に、響子と薫が顔を見合わせた。
 代表するように薫が言う。
「護衛できる能力が十分にあり、なおかつ時間と労力を常に持て余している人物となると、私は一人
しか心当たりがありません」
「え? そんな人がいるの? 誰かな?」
「あんたしかいないでしょうが。肩書きだけ会長のくせして、実質ただの暇人じゃない」
「酷い言い草だなぁ。僕は暇そうに見えるかもしれないけど、いつも忙しいんだよ。なあ? 京介君」
「……仕事をサボって、副会長から逃げ回ってる会長しか俺は知りません」
 事実、京介が会長の仕事をしている姿など滅多に見たことがない。たまにあったとしても、それは
会長が逃げそびれて副会長に捕まった時だけだ。
 会長は眉間にしわを寄せて、「うーん」と思案するように唸る。
 しばらくそのまま考え込んでいたが、やがてあきらめたように顔を上げた。
「しょうがない。部下の失態は上司の責任でもあるからね。僕が君の護衛をするよ」
「でも、会長が護衛……ですか」
「なんか言いたいことがありそうだね、京助君」
「そりゃあんたの普段の仕事っぷりを見てりゃ、誰でも不安になるわよ」
 京助の言いたいことを響子が代弁する。
「失礼な。こう見えて僕は隠れて人の倍の仕事をやってるかもしれないじゃないか」
「ありえませんね」
 薫からの駄目だしを受けて、会長はわざとらしく肩を落としてみせる。
「でも、状況を考えるとそれが一番なんですよね」
 確認するように京助は薫の方を見た。
「そうですね。一応、私も気を配るように心がけます。しかし、あまり注意を払うことはできません
ので、村本さんも時間があるときには風岡君の側にいてください」
「しょうがないわね。気が向いたら適当に見といてやるわよ」
 ため息と共に、響子が頷く。
 少々不安ではあるが、少なくとも会長一人の護衛よりは安心できる。京介はひそかに安堵した。
「とりあえず、今日のところはこれでおしまいだね。京介君も傷が完治してるわけじゃないし、早め
に眠った方がいいよ」
「そうさせてもらいます」
 京介は会長の言葉に頷いた。
 身体に残っている『仮死薬』のせいか、戦闘で疲労したのか、黒瀬は猛烈な眠気を感じ始めていた。
「眠りの邪魔をしちゃ悪いし、そろそろ退室しようか」
「何であんたが仕切ってんのよ」
「そりゃあ護衛を承った身だからね。健康管理の面でも守らないといけないのさ」
「……嘘臭い」
「失礼な」
 そういいながら微笑む会長を一瞥し、響子は保健室の入り口に足を向けた。
 途中で、一度だけ京介を振り返って、
「あんた程度なら守ってやるから大人しくしてんのよ」
「程度ってのが気になるな」
「それが嫌ならとっとと傷を治して、名誉挽回して来なさい。じゃあね」
 もう振り返ることはせず、響子はそのまま保健室を出て行った。
「よし。じゃあ僕も帰ろうかな」
「って、会長まで出て行ってどうするんですか。護衛して下さい」
 突っ込みをいれる京介に、会長はごまかすような笑みを浮かべる。
「まあそうだけど。それなら生徒会室からでも大丈夫でしょ。悲鳴が聞こえたら飛んでいくよ」
「駄目です」
 保健室の入り口に先回りしていた薫が止めた。
 薫は会長の襟首を掴んで、京介の側の椅子に座らせる。
「会長はしっかりと風岡君を護衛してください。一応連絡がつくようにしておくので、何かあった時
には連絡を」
「りょーかいー。仕方ないから京介君と恋話でもして夜を過ごすことにするよ」
 そう言って、会長はひらひらと手を振った。
 薫は微かな吐息をついて、最後に一言だけ言った。
「風岡君。あなたの身体にはまだ『仮死薬』の効果が残っています。戦闘行為は行わないでください。
何かあった場合は会長に任せるように」
「わかりました……」
「それでは失礼します」
 律儀に一礼をして、薫は保健室から出て行った。
 保健室には、会長と京介の二人だけになった。
「俺は寝るんで、後はよろしくお願いします」
「あいあいさー」
「……本当にお願いしますよ」
 黒瀬はベッドに仰向けになり、瞼を閉じた。
 会長が気を使ってくれているのか、保健室の中は静かだ。雨粒が窓ガラスを叩く音が聞こえるだけ
で、他の音は一切無い。単調なリズムが延々と繰り返される、閉じられた世界。
 瞼に浮かんだのは、敗北の光景だった。
 倒れ伏し、起き上がることもできなかった自分。
 それを見下ろし、止めを刺そうとした『人形遣い』。
 助けに入り、見事に返り討ちにした響子。
 少しだけ、自分が情けなかった。敗北自体にはさほど固執しない京介だが、むざむざとやられて、
誰かに命を救われて、結局自分は何もできなかったことが悔しかった。
 京介の拳が強く握られる。だが、『仮死薬』の効果で弱まっている身体では手に爪が食い込むこと
はおろか、掴んでいるシーツすら貫けない。
「悔しいのかい。京介君」
 京介の心の中を見透かしたように、会長が問いかける。
「悔しいですよ。そりゃあ」
「倒せなかったことが? 負けたことが? 助けられたことが?」
「全部ですよ」
 シーツで顔を覆って、京介は答えた。
 その答えを深く理解するように会長が数秒沈黙する。
「では、殺してやりたいかな?」
「そこまでは思いません。ただ、一発ぶん殴ります」
「あはは。なかなか前向きな考えだね。頑張ってくれたまえ」
「……頑張りますよ」
 シーツを顔から下げて、京介は会長に背を向けた。それ以上の会話を続ける気はもう無い。
 会長もそのことに気が付いているように、椅子を動かして窓の方を向いた。
 窓の外では雨が続いている。
 夜さえも暗い尽くす灰色の雲がどこまでも続いている。
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++あとがき++ 一七話完成ー。 やっぱり、好きなように書くのは楽しい。 その分、ちょっとめちゃくちゃになってるかもしれないけど。 でも、書き方にこだわりすぎるとがんじがらめになってしまう。 その辺をうまくコントロールしながら書いていきたい。 好きなように書く、でも支離滅裂にはならない。 その両方をこなせて、初めて作品を作れるんじゃないかと思う。 それを実行するのが難しいんだろうけど。