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第一六話 『雷vs鳥』

 街外れに、会長は一人で立っていた。
「――やっと追いついたみたいだね」
 そう呟いて、近くにある黒い塊に目をやった。
 黒い塊――それはついさっきまで動いていて、熊の形をしていたものだった。だが、既にぴくりと
も動いておらず、もはや見る影も無い。ただの黒焦げの塊だ。
 視線を外し、空へと目を向ける。
「響子君は経験少ないけど、大丈夫かな」
 心配するような口調で言ってはいるが、その表情は落ち着いたものだ。信頼しているようでもあり、
達観しているようでもある。
 曇り空を見上げていた会長は視線を下げ、前を向いた。
「さて。そろそろ行こうか」

   +   +   +

 一人と一匹がにらみ合っている。
 一人は両手の短剣を構えた響子、もう一匹は臨戦態勢の鳥だ。
 互いに相手の出方を窺うように、じりじりと近づいている。
 沈黙の密度が増し、両者の間で密集していく。
 接近していた二人だったが、ある距離まで来るとぴたりと止まった。
 二人とも、きっちり同時に歩みを止めている。
 先に動いたのは――響子だった。
 大きく踏み込むと、上から短剣を大きく振り下ろした。
 鳥は大きく羽ばたいてそれを躱したが、既に響子はもう片方の短剣を振っている。
 右の羽を大きく動かし、身体全体を傾けるようにして鳥は短剣を躱した。
 同時に、大きく後ろへと逃れようとする。
「遅い遅いっ!」
 短剣は一撃一撃の威力は弱いが、その分速い。逃げる鳥に近づき、短剣を走らせる。
 相性が良い、とはまさにこのことだろう。京助の鎌とは違い、響子の短剣は速い。その上、数も二
つあり、一撃を避けてもすぐ二撃目が来る。
 接近戦は不利だと思ったのか、鳥は地面を大きく引っかきながら飛んだ。
 土煙が立ち上り、響子の視界を覆い隠す。
「京助の風があれば便利なんだけど……あの様かぁ」
 視界の端には倒れている京助がいる。依然として毒は効いているようで、響子が最初に見た時から
少しも動いていない。とても援護できる状態ではないだろう。
 響子は目を細めて、全身の神経を鋭敏にする。
 この戦い、響子の方が有利ではあるが油断できるほどではない。鳥の爪に仕込まれた毒を喰らえば
たった一度で戦闘不能にさせられてしまうのだ。
 煙で視界は悪いが、鳥の位置は大体見当がついた。
 短剣を正面に構えながら響子は距離を詰める。
 ――その時、響子の直感が攻撃を察知した。
 どういう攻撃かはわからないが、爪の毒を警戒して後ろに倒れこんだ。
 鼻先数センチ上を鳥が横切って行く。少し反応が遅ければ喰らっていたところだ。
 倒れると同時に体勢を立て直し、油断なく回りに気を配る。
(さすがに……馬鹿じゃないわね)
 どうやら響子の武器を考えて戦い方を考えたようだ。今までは接近して一気に攻めていたが、これ
からはヒットアンドアウェイの戦法に変えるらしい。
 徐々に煙が晴れていくと、羽ばたきながら響子を見下ろしている鳥がいた。
 大空――それは鳥の領域でもある。
 どんな人間も、たとえ能力者の響子といえど、空を飛ぶことは出来ない。
「……でも、むかつくのよね。上から見下ろされるのって」
 そう呟いて、響子は鳥を睨みつける。
 響子の能力は『雷』だ。電撃を自在に放出することができるが、ただし京助の風とは違い、遠距離
まで飛ばすことはできない。ある程度の距離があると、電撃が拡散してしまうからだ。
 のんきに倒れている京助を横目に見て、響子はため息をつきたくなった。
 もし、初めから二人で戦っていたならばこんな苦労はしなかったのだ。響子が接近して戦い、京助
が遠距離を攻撃する。それでこの敵は倒すことができた。
 ため息の一つも付きたくなるのも仕方が無い。
 仮定の話に意味はないのでそれぐらいにして、響子は敵を分析した。
(鳥の形をしてるわね。基本的な行動は鳥と一緒。飛び方とか足の使い方とかは一緒だけど、人形遣
いに手を加えられてのか、それとも操られてるのか、少し賢くなっている。……だからこそつけ入る
隙もあるのよね)
 響子は手の中の短剣に目を落とすと、それを鳥に向けて投げた。
 短剣の飛ぶ速度は速い。だが、それは最初だけだ。重力に反する以上、次第に速度は落ちていき、
鳥に当たる頃には速度がかなり削がれてしまう。
 刃には電撃が込められていたが、鳥は柄の方を掴んだ。鳥の足でよく掴めたものだ。
「これで君の武器は一つになってしまったな」
「別に。私の武器は相も変わらず、『二つ』よ」
 強気な表情で、響子は言った。
 本当か、嘘なのか。人形遣いは言葉の意味を図りかねているようだった。
 響子は口元に笑みを浮かべると、残った短剣を握り締め、能力を発動させた。
 体内から湧き出る電気を全て短剣に込める。
 その瞬間、鳥の持つ短剣からも電撃が走った。
「がっ、がが! あががががが!!」
 強烈な電気が駆け抜け、鳥の体が痙攣を起こしている。
 羽ばたきをやめた鳥の体は落下しそうになったが、直前で短剣を放し、慌てて羽を動かす。
 しかし、遅かった。
 電撃に痙攣している間に、既に響子は飛んでいた。
 鳥が放した短剣を空中で掴むと、二つの短剣を素早く動かした。
 斬撃と電撃。
 その両方を受けた鳥の体には大きな十字が刻まれていた。焦げた傷口からはぷすぷすと黒い煙が上
がっている。
 振りぬいた直後の体勢から響子は身を捻り、留めとばかりに十字の中心に短剣を突き刺した。
 響子が着地し、そのすぐ後に鳥が落ちてくる。
 ぐちゃっ、と嫌な音がした。
 顔をしかめた響子だったが、すぐに表情を戻す。
 まだ生死の確認をしていない、いや、死体が動いているのだから動けないほどバラバラにしないと
駄目なのかもしれない。
「あんまり好ましいことじゃないんだけど」
 天を見つめたままぴくりとも動かない鳥に近づき、短剣を引き抜く。
 鳥の目は終始一貫して光沢が無い。黒い、底なしの穴のような色をしている。
 響子がどうしようか迷っていたその時、突然鳥が動き出した。動き出した、というより無理に動か
したという感じだった。全身がみしみしと軋み、いくつかの骨が折れる。それでもなお鳥は羽ばたき、
飛び上がった。
 そのあまりに無茶な行動に響子が固まっていると、鳥は一目散に逃げ出した。全速力で逃げている
ようで、あっという間に姿は小さくなっていく。
 慌てて追いかけようとしたが、その時倒れている京助の姿が目に入った。
(今、私がここから離れたら狙われるかもしれない。それに今逃げたのが囮ってことも……)
 ついさっきも囮に引っかかっていたので、響子は迷ってしまった。
 迷いに迷ったあげく、残ることにした。
 その理由は二つある。一つには、やはり京助が心配だったこと。二つ目には、人形遣いがまた行動
を起こすだろうと確信できたからだった。
 お喋りで、計画を立てても穴もでかい。そういう奴は懲りずに行動を起こすものだ。ただし、次は
今回よりも緻密に計画を立てるはずなので、危惧するとすればそこだろう。
 響子は短剣を水晶に戻し、ポケットに仕舞うと、京助の制服の襟首を掴んで持ち上げた。
 意識はあるようで、響子と視線を合わせ、何度か瞬きをする。
「これは以前の貸しを返しただけだからね。これで貸し借りゼロ。わかった?」
「…………」
 京助は一度だけ瞬きをして、肯定を示した。
「――あれ? 本格的に出遅れたかな?」
 のんきな声が聞こえてきた。
 声のした方向にはへらへらと笑っている会長がいた。
 悪びれていない会長を睨みつけ、響子は棘のある口調で言った。
「誰かさんがもう少し速かったら敵を逃がさなくて済んだだけよ」
「その誰かさんって僕のこと?」
「当たり前でしょ。……あ」
 響子は頬をおさえて、空を仰いだ。
 再びぽつんと雨粒が顔にあたる。気付けば空には暗雲が立ち込めていて、雨が振る直前のような空
模様だった。
 京助を背負うと、響子は歩き始めた。
「早く戻るわよ。別にずぶ濡れになりたいなら止めないけど」
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++あとがき++ 久しぶりに書いてみたけど、結構上手くいったと思う。 戦闘シーンはずばーっと書きぬけたし、話も進んだし。 スランプと快調ながあるけど、どうやって決まるんだろう。 いつも快調、ってのもいいけど、少し怖いか。 そこそこ快調、でも時々スランプにも陥る。 それぐらいの方が丁度いいのかもなぁ。