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第一五話 『雷の助っ人』

 次々と繰り出される攻撃に何とか耐えながら京助はニ対一の辛さを痛感していた。
 相手は二匹いて、そのうえ一匹は無傷。片や京助は右手が使えず、全身ぼろぼろで、防戦一方だ。
攻撃に転じるなんて、とてもじゃないが出来ない。
「――っと!」
 目前に迫っていた猫の攻撃を鎌で弾いた。その後ろから来たもう一匹の鳥の攻撃は風を使って受け
流す。
 続けて体勢を整えた猫が再び攻撃してきて、それをぎりぎりで躱す。
 さっきからこの調子だ。最初に猫が来て、それを躱すと今度は鳥の攻撃で、それも躱すとまた猫の
攻撃……これの繰り返し。両手が使えたら話はちがうかもしれないが、片手だけの京助にはこれを防
ぐので手一杯だ。
 二匹の攻撃を受け流しながら京助は考える。
(このままじゃ、長くは持たないか……)
 いくら躱していると言っても、そのいくつかは躱し切れずに攻撃が肌を掠めている。あの強靭な爪
ではかすられただけでも十分傷になるだろう。このまま続けていたらいずれ京助の体力が尽きる。
(賭けてみるか)
 一瞬で京助は決断すると、襲い掛かってきた猫を弾いて、がら空きになった猫の腹部に向かって風
を叩き込んだ。
 鳴き声にもならない音が猫の口から漏れ、次の瞬間には吹っ飛んでいる。
 しかし、猫に時間をかけた分、鳥の攻撃の反応が遅れた。鳥は京助の左方向から襲い掛かっていた。
 咄嗟に身体を半回転し、左ではなく、右半身を向ける。
 肉を裂く嫌な音と共に、激痛が走った。
「ぐ……っ!」
 苦悶の表情を浮かべながらも、京助は鳥に向かって風を飛ばす。しかし、痛みのせいか攻撃は滅茶
苦茶で狙いも定まっていない。
 鳥は空中で方向転換して、京助に向き直ると、一気に突っ込んできた。
 風の刃を最小限の動きで躱しながら鳥はどんどん距離を縮めていく。そして――
(――間合いに入った!)
 京助はこの時を待っていたのだ。相手が自分の間合いに入ってくるこの時を。
 遠距離で戦っていても体力の差で、京助が負けてしまうだろう。だから、近距離の鎌による一撃を
考えた。それならば体力に関係なく、勝負は一瞬で決まる。
 鳥が間合いに入ると同時に、ためらい無く鎌を振りぬいた。
 神速の刃が恐ろしいまでの勢いで鳥へと迫る。
 鎌の刃と鳥との間が残り数十センチ。鳥を引き裂くまで、コンマ数秒しか残っていない。
 このままいけば当たるはずだったが、鳥は一瞬早くそれに気付いた。
 鎌が当たる瞬間、身を捻るようにして躱そうとしたのだ。
 それはほぼ成功した。刃は羽の片方をかすっただけで、躱されてしまった。
 空振りした京助の防御はがら空きで、全くの無防備だ。
 その隙を敵が見逃すわけは無い。鳥はバランスを崩しながらも突っ込んできた。
 一瞬、京助の表情に焦りが浮んだように見えたが、
「――やっぱり詰めが甘い」
 ちっちっ、と余裕のある笑みを浮かべた。
 なぜそんな風に笑うのかわからず、鳥が微かに表情を曇らせた――その時だった。
 突然、何かに羽を拘束され、鳥は空中で止まった。
「……!」
 空中で停止した鳥は何が起こったのか理解できず、飛び出そうなほど目を見開く。
 やがて、京助の数センチ手前で止まっていた鳥は、重力により地面に落ちた。
「躱すとこまでは良かったが……」
 地面に転がる鳥を見下ろしながら京助は左手に持った物を見せる。それは、鎌の黒い柄と――
「武器の見極めがおろそかになってたな」
 ――鎖だった。鎌の柄の根元から伸びる銀色の鎖だったのだ。それが鳥に絡み付いて、その自由を
奪っている。
 鳥はその説明が分かったのか、分からないのか、目をぎょろぎょろとあちこちに動かす。
「俺の狙いは最初からこれだ。一撃目が当たるなんて考えちゃいない」
 鎌を鎖に突き刺し、外れないようにすると、京助は地面にへたり込んだ。
「いや、でも流石に疲れた。今ので終わって良かったよ」
 試しに左手で風を集めてみるが、ほとんど集まらなかった。
 京助が首を振りながら安堵の息をついた時、鳥の首がぴくりと動いた。
 ぴくぴくと痙攣するように首を動かしていたが、やがて落ち着いていく。
「何だ?」
 眉を顰(ひそめ)めながら京助が鳥を見ると、鳥はかちかちとくちばしを鳴らした。
「お前はもう動けない」
 人間の言葉で、はっきりとそう言った。
 京助は喋ったことに驚き、一歩下がろうとした。
 その時、身体の異変に気付いた。
「……!」
 身体がぴくりとも動かなかった。まるで全身の筋肉が硬直してしまったように、ミリ単位ですら動
かない。肺や心臓などの生体機能に以上は無いが、他は全くといっていいほど動かなかった。
(戦いすぎたか!? いや、そうじゃない。これは……)
 京助がその考えに思い当たったと同時に、鳥はくちばしの形を歪め、奇妙な笑みを浮かべた。
「その通りだ」
 鳥は頷き、右の足を突き出して見せた。
「この鳥の爪には特殊な薬を塗っていてね。血管を伝って全身に広がり、仮死状態にまでさせる薬さ。
君の身体は普通じゃなさそうだからね。卑怯な手を使わせてもらったよ」
(……お前は何者だ?)
 京助は問い掛けようとしたが、喉からは息が漏れるだけで言葉にならなかった。
 しかし、唇の動きでわかったようで、鳥はわずかに首をかしげた。
「僕の正体か。今更知っても仕方がないだろう。違うかな? 風岡君。たとえ知ったところで誰にも
伝えることは出来ないんだからね。知っても知らなくても一緒さ」
 名前を呼ばれたことに驚き、京助は目を見開いた。
 わずかに顔を動かし、鋭い視線を鳥に当てる。
「……おまえ……人ぎょう、つかい……だろ」
 かすれるような声で、京助はそう“言った”。
 そのことに、鳥――を操る『人形遣い』は少し取り乱した。
「お前、なぜ喋れる!?」
「喋って、る、わけじゃ、ない」
 よく聞いてみると、京助の声は酷く涸れていた。ざらざらとしていて、下手すると雑音のようにも
聞こえる。
 人形遣いは黙り込んだ。喋れないはずの人間が喋っているこのカラクリを解こうとしているのだ。
 その間にも、京助は口を動かしている。ただし、今度は声は出ていない。呼吸のついでに口を動か
しているといった感じだ。
 それを見た人形遣いは目を細めた。
「なるほど」
「から、くり、は、解けた、か」
「解けた。随分と応用が利くようだね。君の能力は」
 バレてる。京助は内心舌打ちした。
 しかし、表面上は何も変わらず、人形遣いを見ているだけだ。
「君の風を操る能力で声帯の代わりをしているんだろう。本来なら声帯を使って声を出すが、今の君
は能力を使って声を作っている。そうだろう?」
「せいかい、だ」
 鳥の爪に仕込まれていた毒は酷くなる一方だった。そのうちバランスが取れなくなってきて、京助
は地面に倒れた。倒れる瞬間、周囲の風を操作して衝撃をやわらげたが肩の傷に響いた。
「ぐっ……!」
 能力ではない、苦痛の声が京助の口から漏れる。
 人形遣いは嘲笑うようにかちかちと嘴を鳴らした。 
「無様だね。せっかくの風の能力も、君の身体を支えてはくれない」
「…………」
 人形遣いはこの状況を楽しんでいるようだった。どうあがいても勝ち目は無い、そう高をくくって
いる。絶対的有利のこの状況に酔っているのだ。それが……それだけが、京助に残されている唯一の
チャンスだった。
「……のは……だ……」
「ん? 何か言ったかな?」
 人形遣いは聞き返しながら京助の頭の上に立った。
 固まった身体を無理やり動かして、人形遣いと向き合う。
「ぶ、ざま、なのは……おまえ、だよ」
 そう言い切って雑音から意識を遮断すると、京助は大きく息を吸った。
 感覚を全て能力の方へとまわし、極限まで集中力を高める。
 人形遣いはもう京助は風を操れないと油断している。確かに、周囲の風で攻撃することは無理だ。
集中力も切れているし、身体も全く動かない。
 しかし、攻撃する方法がなくなったわけではない。京助の“体内”ならば能力の制御下にあるのだ。
さっき声を出したのと同じような方法で、攻撃をすることは可能なのである。
 京助が『回風(かいふう)』と呼ぶ技だ。体内で風の刃を精製し、口から一気に相手に向けて放つ技。不意を付
くことができ、しかも手足が動かない状態でも使えるので、便利ではある。
 ただし体内で風の刃を作るため、己の体さえも傷つけてしまう危険極まりない技でもあるのだ。
(出来れば……使いたくなかったんだが)
 なおも息を吸い込みながら京助は心の中で愚痴る。
 以前に一度だけ使ったことがあるが、喉を酷く傷つけて、一週間飲食が出来なかった。それを思う
とどうも腰が引けてしまう。
 ……だが、このままではどうしようもない。
 諦めて京助が技を発動させようと口を閉じた時だった。
(――こいつは!)
 京助の感覚に一つの人影が引っかかった。
 思わず口元に苦笑が浮かぶのを感じて、京助は小さくため息をついた。
(全く、間が悪いというのか、運がいいというのか……)
 能力の発動を中止して、溜めた息を外へと放出する。その際に、ほんの僅かに能力を加えておく。
攻撃ではない。ただ、聞いた者が発信者の居場所をわかるように調整するだけだ。
 その一連の動きに気付いていない人形遣いは、一人で喋っていた。
「無様なのは僕だって言うのか。ふん、面白い冗談だ。君は地べたに伏して、僕はこうやって見下ろ
している。これでもどっちが優勢かわからないのか」
「それ、は……こっちの……せりふ、だろ」
「相変わらず君は強がりばっかりだね。もう飽きたよ。少し大人しくさせようか」
 人形遣い――の操る鳥が動いた。
 器用に一本の足で立つと、もう一本の足を京助の首に当てた。もう一度薬を体内に入れるためか、
そのまま一気に傷つけようとした。
 ――その時、乱入者が現れた。
「京助!!」
 乱入してきた彼女は鳥のいる所目掛けて飛び降りた。
 慌てて鳥が羽ばたき、躱すと同時に、彼女は着地する。
「このバカ! あんた敵に遭遇したんなら声ぐらい出しなさいよっ!!」
 彼女――村本響子は敵おかまいなしで、京助を怒鳴りつけた。
 声がうるさくて耳を塞ぎたかったが、あいにく京助の身体は動かないのだった。
 怒りの感情をあらわに仁王立ちしている村本響子は鋭い目で周りを見回した。
 周囲の破壊跡を見て、鳥を見て、京助を見る。京助の肩の傷に眉をひそめてから響子は再び鳥へと
視線を戻した。一瞬で状況を把握したようだ。
「京助、立てる?」
「……むり、だ」
「酷い声ね。全身麻酔か、それとも仮死薬でも使ったのかしら」
 響子は京助の側にしゃがみ込むと応急手当を始めた。右肩にガーゼを当て、包帯を巻く。消毒も止
血も一切無い、実にシンプルな処置だ。
 もっとも、能力者の免疫力は並ではないので、その処置で十分だともいえる。
「君も能力者か」
 いきなりの登場に呆然としていた人形遣いも状況に追いついたらしい。
 人形遣いの言葉は聞こえているはずだが、響子は返事をしなかった。そのまま包帯を巻く作業を続
けている。
「会話する気は無しか。じゃあ、いい。君も彼と同じようにするとしよう」
 人形遣いは背後から攻撃を加えようとした。
 その時、響子と人形遣いとの間で青白い火花が散った。
「あんたよね。あの熊を操って私たちをおびきよせた奴ってのは」
「操る、というのはいささか心外だな。彼は同志だった」
「そんなこと知らないわよ。要はあんたが敵だってこと」
 響子は処置を終えると立ち上がり、敵と向き合った。
「私は京助みたく甘くはないわよ」
 ポケットから黄色がかった水晶を取り出すと、響子は強く握った。
 途端に光が溢れて、その形を変える。二つに分かれて響子の両手に握られる。二つを結んでいた光
の線が切れると同時に、光が収まった。
 響子の両手には二本の短剣が握られていた。両刃の短剣で、刃は柄より少し長いぐらいで、柄は
黒かった。刃は深い銀色だが、響子の発する『雷』を帯びていて青白く輝いている。
「……君は随分とおてんばなようだ」
 京助とは全く異なる能力に、鳥は少し目を細めた。
 警戒しているようで、その瞳はじっと響子を捕らえている。
 一方、響子は前後に足を開き、短剣を構えた。
「その余裕、いつまで続くかしらね」
 不敵な笑みを浮かべ、響子は言った。 
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++あとがき++ スランプだったり、スランプじゃなかったり。 なんだかとてつもなく大変だった気がする。 副会長を乱入させようかとか、いっそのこと人形遣いを出しちゃうかとか。 色々悩みに悩んだ挙句、王道で行きました。 主人公のピンチはヒロインが助ける。 これってやっぱりいいですね。 響子を乱入させると、意外とすんなり進みました。 もしも迷った時は、色々と試したほうが良いかもしれませんね。