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第一三話 『人形遣いと屍』

 街中から少し離れた場所。そこは工事中だったのだろう、コンクリート建ての建物があるだけで、
人通りは全く無い。近くに住宅すら無いのだ。
 そこに二人の男女がいた。
「これは外れだったね」
 銀髪の少年――会長は倒れている黒い生物を見た。
 黒い毛に丸みを帯びた耳と体、その熊のような生物は仰向けで倒れていた。瞳に光沢が無く、呼吸
もしていない。心臓の音を確かめるまでも無い、死んでいる。
 死んでいる事は明らかだが、これがついさっきまで動いていたのだ。まるで生きているかのように。
それが現実だと信じがたいが、実際に見たのだから信じないわけにもいかない。
 隣に立っている響子も焦点のあっていない目で見つめている。
「それに、これは過進化体じゃない……!」
「そう……」
 会長の表情にわずかだが陰りが落ちた。普段から笑みを絶やさない会長だけにその差が大きい。
 響子もそれを感じ取り、押し黙る。
「これは(おとり)、獲物を吊り上げるための……」
 そこで会長は言葉を切り、空を見上げる。先程まで晴れ渡っていた空には暗雲が立ちこめていた。
「囮……獲物……。――まさか」
 響子の表情が固まる。ようやく意味わかった。なぜ動いていた熊がここで止まったのか、なぜここ
まで誘い出す必要があったのか。そして、なぜ京助がここにいないのかを……。
 その結論に達すると同時に響子は移動していた。会長が視線を向けた頃には豆粒ぐらいの大きさに
なっていた。しかし、会長は追おうとはしない。ただ眺めているだけだ。
 響子が離れたのを確認すると、視線を熊へと向けた。
「そろそろ起きたらどうだい? 操り人形」
 その言葉が合図となったのか、熊はゆっくりとその巨体を起こした。(まぶた)を開け、その光沢の無い
瞳で辺りを見回す。そして会長を発見すると、敵と判断したようで攻撃態勢に入った。
「一人ずつ確実に……っていうのはいい考えだ」
 淡々と会長は語る。そうなる事を狙っていたような口調だ。
 熊は気にする素振りすら見せずに腕を振り上げる。
「でも、その作戦は失敗だね……」
 会長はしっかりと見据えながら、不敵に微笑んだ。
「僕は君より強い」
 それを言い終えた瞬間、熊は腕を振り下ろした。

    *   *   *

(やった! やったぞ!!)
 公園のベンチに腰掛けている一人の少年は歓喜に震えていた。
 周りには親子連れが何組か居るが、彼には全く気付いていない。まるでその部分だけが切り取られ、
別の空間にでもなっているかのように人々は彼に気付かない。
(まさかこうも上手くいくとはな……)
 彼の用意した作戦が二つとも成功したのだ。普段ならそこまで喜ばないのだが、彼自身がここまで
上手く行くとは思っていなかった。片方でも上手く行けば十分。上手くいかなくても仕方無い程度に
しか考えていなかったのだ。
(これで新たな人形が二体か。それを使ってさらに……)
 彼は笑みを浮かべた。いや、正確には浮かべようとした。しかし本人は気付いていないが、もし、
誰か別な人が見たならまず真っ先に逃げ出すだろう。
 その顔には憎しみと喜びが入り混じった何とも奇妙で恐ろしく、醜いものが張り付いていた。それ
に気付く事無く彼は立ち上がり、歩き出した。
 地面で餌を(ついば)んでいた小鳥達は一斉に空へと舞い上がった。彼はもう慣れているのか気にせずに進
んで行き、やがて十字路へたどり着いた。
「……」
 青信号だというのに彼は止まっていた。立ち止まり、何かを見ていた。その目は先程までと違い、
慈悲の篭った優しい目をしていた。
 ……それは犬だった。車に引かれたのか体が潰され、血でぐちゃぐちゃになっていてほとんどわか
らなかったが、恐らくそうだろう。
 彼は生物だったその物体を見ていた。
「お前も……認めてもらえなかったのか……」
 血で汚れるのも気にせず、彼はそれを抱き上げる。微かに血が滴り落ちた。
「俺も一緒だ……ずっと一人ぼっち……」
 過去を思い出すように少年は目を細めた。
 そしてその生物の頭だった部分を撫でながら囁く。
「きっと……お前の存在も認めさせてやるから……」
 顔に何かが当たった気がして、彼は顔を上げた。
 いつのまにか空は暗雲に覆われていた。
 視線を落とすと青信号が点滅している。彼はただそれを見つめていた。
 人が通り過ぎても、車が通り過ぎても、彼はそのまま立ち止まっていた。
 前に進むでも、後ろに下がるわけでもない。ただ、そこにいるだけ。
 それはまるで、前向きでも、後ろ向きでもない彼の考えを表しているかのようだった。
 憎悪と怒りとほんの少しの慈悲を含んだ目で彼は虚空を見つめた。
「世界はなんて空っぽなんだろう……」
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++あとがき++ 今回は順調。十三話完成〜♪ ……って油断するから駄目なんだよな。 油断大敵火がボーボーって言うし、勝って兜の緒を締めよって事か。 なんとなく無意味にことわざを使ってみました。 展開的には別に悪く無いけど、当初の予定では熊は過進化体で、 響子が、生きている(実質的には死んでるけど動いてるので)過進化体を 倒すのに躊躇して、それについて京助が話をする感動的になる予定でした。 しかし、響子は一旦離脱しちゃったのでその時にそういう経験をしたと 言う事になってしまい(変える事は出来たけどちょっと大変なので)、 結局こういう感じになっちゃいました。 でも、そのために新たな能力者を京助の周辺の人物で作ります。 そして、京助の過去を交えながら修行させます。 それを書くのを楽しみにしてネタを練りますか。