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第一一話『追跡の罠』

 学校の正面には人々に囲まれるように何かが立っていた。
 黒い体に丸みを帯びた耳、灰色の鋭い爪に白い牙。それはまるで熊のようだった。その生物は比較
的ゆっくりとした動きで進んでいる。一見生きているかのように見えるが、よく見れば気付くだろう。
息をしていない事と、その瞳に全く光が篭っていない事に。
 その様子に思わず呆気にとられていた京助だが、すぐに気を引き締めた。
「あれが今回の敵か?」
「多分ね」
 二人はやや離れた場所で眺めていた。
 能力の存在は一般人に知られてはいけない。それが能力者が守らなければならない決まりだ。よほ
どの事が無い限りそれを破る事は許されない。
 その事は京助もわかっていたので聞く。
「でも、どうするんだ? 能力を使うわけにはいかないし……」
 その言葉に響子はちっちっと指を振った。
「馬鹿ね。あんたの能力は見えないでしょ。だから安全な場所まで吹き飛ばすのよ」
 そう、京助の能力は――風。弱風から突風まで、あらゆる風を意のままに操作する事が出来る。
 やり方によっては触れた物を切り裂く風の刃になり、やり方によっては触れた物を吹っ飛ばす強風
にもする事が出来る。
 丁度良い事に二人の周りには風が吹き荒れていた。
 やれやれと呟きながらポケットから白い水晶の様な物を取り出し、軽くそれを握った。
 瞬間、京助の手から光が漏れた。その光は形を代えていき、やがてそれは巨大な鎌へと形を変えた。
 微かに光沢を放つ漆黒の柄に、一点の汚れさえない白い刃。柄の先端には鎖が付いていて、それは
京助の腕に巻かれている。
「それじゃ、やりますか」
 京助は片手で鎌を持つと、水平に構える。そしてゆっくりと横に動かし、振りぬいた。途端に周囲
の風は集束され、能力によって強風となって目標へと向かう。
 風は高速で移動し、熊のような生き物と触れた瞬間、その生き物を吹っ飛ばした。その衝撃で辺り
一帯に風が吹き荒れたが、誰も人為的な風だとは思わないだろう。ただの突風、もしくは異常気象の
せいだとか理由を付けられ、それで終わる。
 京助は熊のような生き物が飛ばされるのを確認すると、
「おい、追う……」
 と言いかけて、やめた。響子は既に追いかけていて遥か前方へと移動していた。
「全く、せっかちな事で」
 ため息と共にそう言葉を漏らすと、鎌を肩に掛け、京助も後を追った。

    *   *   *

(なるほど、あれが……邪魔をする者か)
 誰もいなくなった教室に一人の生徒が居た。
 窓際に立ち、夕日に目を細めつつ何かを見ていた。
 じっと視線を揺るがせる事無く、しっかりとある物を捉えていた。
 それは京助だった。常人には捉える事の出来ない速度で移動する京助を、しっかりと目で捕らえて
いたのだ。恐るべき動体視力である。
 そして、彼の頭は冷静に分析していた。
(あの二人を人形にするだけでも十分か。いや、まだ仲間が居るはず。もう少し様子を見るか?)
 彼は下がってきた眼鏡を上げた。
 そして腕を組み、指で軽く腕を叩きながら考える。
(様子を見るにしてもどれほどか試す必要はあるな。ならばまず、あの風を使う奴――確か京助だっ
たな。あれからまず試してみるか)
 少し、「ふむ」と唸ると、朝にも使ったスイッチを取り出した。
「さて、運命は誰の味方をするのか……」
 そう言いつつ、スイッチを押す。ピーッと電子音が鳴った。
 その後しばらく俯き、悩んでいるようにも見える状態で止まっていたが、やがて静かに笑い出した。
最初はくすくすと笑っていたが、次第に大きくなり教室中に響く程の音量になった。
「くくっ、ははは……あはははは!!」
 ――空っぽの教室では彼の高笑いだけが響いていた。

    *   *   *

「それにしても……どこまで飛ぶんだ?」
 屋根から屋根へと飛びながら、飛んでいったあの生物を追う京助は呟いた。
 自分自身で飛ばしたのだが、それにしては飛び過ぎている気がする。ちゃんとコントロールしたの
で、誤差があっても数メートルのはずだ。それなのに……
「どうも、おかしいな」
 京助がそう言葉を漏らした時だった。京助は危険を感じて反射的に身を退いた。瞬間、目の前を白
い何かが通り過ぎた。その速度からして少しでも反応が遅れていたら直撃だっただろう。
「なっ……!」
 驚く間も無く、第二撃目が来る。
 今度は予測していたので鎌で弾くと、飛んできた方向に風の刃を飛ばした。しかし、住宅地に届く
前にそれは掻き消された。もちろん京助も住宅に当たる前に止めるつもりだったが、それより前でだ。
(――何か居る!)
 瞬時に京助は戦闘態勢をとり、相手の存在を感じようと神経を研ぎ澄ました。
 常人の数十倍の五感を持つ京助だが、異常な気配は感じられなかった。
 それは京助が見逃した訳では無い。京助には全ての生物が抑える事の出来ない、心臓の音まで感じ
とる事が出来るのだ。だから、生物である限り京助が気付かぬはずは無い。
(つまり――)
 その考えは酷く信憑性に掛ける物だったが、結果から見てそうとしか考えられない。
(死んでるって事か)
 化け物相手に戦ってきた京助だが、既に死んでいる相手と戦うのは初めてだった。
 まだ姿を現していない敵に緊張を感じつつ、京助は鎌を構えた。
「見えない敵、か……」
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++あとがき++ うむ、順調順調。順調すぎて怖いぐらいだ。 戦闘も順調だし、物語も順調、描写も自分の中でも良い方だし。 なんかこの後スランプになりそうで怖いなぁ。 でも今まで(十話ぐらいまで)スランプだったからそれでチャラかな。 うん、きっとそうだ。というかそうだと思いたい。 あと、京助の能力についてだけど、間違えそうなので言っておこう。 風を作り出す、訳じゃなく増強するだけ。 だから無風の状況だったら自分で作り出さないといけない。 つまり、無風で金縛り状態だったら……無能になるんですよ。 いつかこのネタを使いたいなぁ。 まあ、先の話になりそうですが。