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少年は病んでいた。
心が悲鳴を上げていた。
まともな精神では耐え切れなかった。
だから、まともではなくなった。
そうすれば平気だから、
そうすれば痛みを感じずに済むから。
そうすれば――全てを恨む事が出来るから。

第一〇話 『偶然と運命』

「二人って付き合ってるのか?」
「お前に彼女が出来るとは……」
「一体どこまで進んだ? まさか――」
「青春だねぇ〜」
「……」
 風岡京助は周りに寄ってくる生徒を無視した。
 今はホームルームが終わり、一段落着く時間なのだが、そんな気分になれない。
 周りに生徒達が押し寄せ、様々な質問を浴びせてくるのでなれるはずもないが。
 なぜこうなっているのかといえば、偶然にも転入生――村本響子が隣の席になり、偶然にも響子と
京助が知り合いで、偶然にも響子が話し掛けてしまったのだ。
 ここまで続くと、偶然というより何らかの意図があるように思われる。それがなんだと訊かれても
答える事は出来ない。運命、とは考えられないし、偶然とは言えない。
 なにはともあれ、転入生と知り合いともあれば色々な疑いが掛けられてしまうものだ。
 それが事実ならば受け入れるしか無いが、誤解なので否定するしかない。しかし、こういうのは否
定すれするほど疑われるので敢えて無視していた。
 しかし、その作戦は上手く行きそうに無い。
 京助は横目で響子を見た。
「やっぱり二人って付き合ってるんだよね?」
「ち、違うって。京助はただの知り合い」
「でも名前で呼び合ってるって事は……?」
「いや、それは……」
 次々と浴びせられる質問に響子は顔を真っ赤にして慌てている。
 確かに転校初日の日に色々質問されたら慌てるのは仕方が無い事だ。仕方の無い事だが……
(少しは考えろよ……)
 京助は心の中で盛大なため息を付いた。

    *   *   *

 がやがやと教室が騒がしくなっている時、教室の隅で一人の生徒が本を読んでいた。
 黒縁の眼鏡を掛け、やや痩せ過ぎているどこか地味な生徒だ。
 その生徒は一見何の表情も浮かべていないが、内心怒りに震えていた。それはもう怒りというより
憎しみだった。あらゆるものに対しての憎悪だ。
(ああ、うるさいゴミ共め。うるさい、うるさい……)
 本を握るその手が震える。
 みしみしと厚い本のカバーが音を立てて軋む。
(……あんなゴミ共など滅んでしまえ。消えろ、消えろ! 消えろ!!)
 ぶすっ、と何かが刺さる音がした。
 彼が手元を見ると、本の表紙を爪が貫いていた。丈夫な、いや、丈夫過ぎるほどの爪の硬さだ。
 彼に痛みは無かった。ただ爪を抜き取り、再び読書を続ける。
 彼にあるのは――憎悪だけ。
 彼は唇を噛んだ。心の奥底から怒りが湧いてくる。
 それは、うるさい者達への怒り。
 それは、彼を一人にする者達への怒り。
 それは、彼を認めようとしない世界への怒り。
 彼は表情を固めたままポケットから何かを取り出した。それは掌に収まるぐらいの黒い小型の機械
で、側面に赤い突起が一つある。なにかのスイッチらしい。
 彼はそのスイッチを押した。それと同時に電波が発され、遠くにある機材を起動させる。
(人間など……滅んでしまえ)

    *   *   *

 授業の合間でも質問は続いたが、だんだんと落ち着いてきたようだ。
 放課後になると、誰も気にしなくなっていた。
「あぁ疲れた〜」
 京助は机に伏しながら安堵の息をついた。
 無視するだけだとしても、やはり精神的に疲れる。
 机に伏している京助に影が落ちた。
「お疲れさん」
 顔を上げると、そこには一人の生徒が立っていた。
 どこか間の抜けた表情に細い目をした生徒だ。長身なので見上げなければならず、その状態を維持
するのは疲れるので、仕方なく顔を上げた。
「っつーかお前も一緒になってからかってただろ」
「はははっ、ほんまやね」
 妙な関西弁を使いながら彼は笑う。
 彼の名前は笹岡(ささおか) 彰彦(あきひこ)。京助との関係は友達、親友、という言葉が当てはまる。あまり人とは関わ
らない京助が心を許す数少ない友達である。かなりの情報通で、誰かの好きな人や教師に関しての秘
密などにも精通している。真偽は定かではないが、噂では国家機密まで知っていると言われている。
「それでや」
 彼――彰彦は声のトーンを下げた。そして真剣な眼差しを向ける。
 その様子に思わず京助も息を呑んだ。
 緊迫した空気が広がる。
 しかし、次の言葉でその空気は音を立てて崩れ去った。
「ぶっちゃけ、どっちやねん?」
「は?」
 その真剣な態度とは正反対のふざけた言動に呆気に取られてしまう。
 そんな京助を置いて、彰彦は話を進めた。
「付き合ってるとか付き合ってないとか。正直なとこ聞かせてや」
 ため息を付くと幸せが逃げるとよく言うが、言わずとも逃げていくのは何故だろうか?
 意地悪な神様を恨みつつ、京助は息を吸って言った。
「だーかーら、付き合ってさえいな――」
「――京助っ!」
 突然、教室に人が入ってきた。ドアを力いっぱい開けたらしく、物凄い音が教室に響く。当然、中
にいる人達の視線はその人物に集まる。
 その視線に気付いてないのかその人物――響子は真っ直ぐと京助へと向かってきた。
「な、なんだよ……?」
「来て!」
 有無を言わさず響子は京助の手を引いた。抵抗しようと思えば出来るのだが、何か事情がありそう
だったので、転びそうになりながら響子についていく。
 背後で何か気になる話が聞こえたが、聞こえない事にした。
 廊下を小走りで進みながら響子に質問する。
「一体何があったんだ?」
「……過進化体」
 深妙な面持ちで響子は言った。
 その言葉で京助の中でスイッチが切り替わる。日常から非日常へと。
「場所は?」
「どうしても訊きたい?」
 あえて訊いてくる響子に不思議に思いつつうなずく。
「……この学校の正面よ」
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++あとがき++ うんうん、順調順調。いい感じだ。 少し学校生活も入れれたし、ラブコメっぽさも出せたし。 ついで京助の友達も出せたしさ。 ただ会長が出なかったのが残念だ。 でも、こればかりは学年違うからなぁ。 まあ次回は出るからいっか。 一応言っておくけど、これの主人公は多分京助だから。 それだけは覚えて置かないと可哀想だし。