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第九話 『回り始めた歯車』

「……ん……朝か」
 寝ぼけ眼を擦りながら京助は体を起こした。
 ――妙に体が重い。
 少し気に掛かったが、ひとまず自分の置かれている状況を考える。
 数分経ってようやく頭が起きてきたのか、思い出した。怪鳥との戦い、新たな能力者、怪我……。
(……どうりで右腕が痛い訳だ)
 苦笑しつつ、ベッドから出る。
 周囲を取り囲んでいるカーテンを開けて外に出ると、中央の机に一人の少年が居た。
「やあ、起きた」
「か、会長! え、あ、いや、なんでいるんですか!」
 咄嗟の事で上手く言葉が出なかったが、なんとか敬語は忘れなかった。
 慌てている京助を見て、会長は笑う。
「偶然だね。多分」
「いや、多分って……」
 目覚めてそうそう突っ込みを入れる京助。
 胸に手を当て呼吸を整えると、訊いてみた。
「あの後、どうなったんですか?」
「京助君が倒れた後、すぐに本部の人たちが来てね。事情を話して僕らは帰ってたって訳」
 会長は淡々とした口調で説明していく。
「で、病院だったらややこしくなるし、怪我も大丈夫そうだったから学校の保健室に運んだだけ」
 重傷だったらどうするんだよ、と心の中で突っ込まずには居られないが、なんとか抑える。
 とりあえず、筋は通っている。多少省略されている事はあっても、おおまかな流れはそれで合って
いるだろう。
 しかし、ふと疑問が浮かぶ。
「……そういえば、あいつってどうしたんですか?」
「あいつ?」
「あのうるさい奴」
 会長は少し考えたが、すぐにポンと手を打った。
「ああ、あの隣町の山田君か」
「絶対違う」
 素でボケているのかよくわからない会長に、本日二度目の突っ込みを入れる。きっと京助に休息の
二文字が訪れる事は無いのだろう。
 仕方なくため息と共に答えを口にする。
「響子だよ。村本響子」
「ああ、響子君か。んーとね、なんか事情があっていなくなった」
 まるで会長自身知らないような言い方で会長は言うが、会長は知っているだろう。それはわかって
いたが、あえて訊かなかった。そもそも訊く必要もなかった。
 なんとなく気恥ずかしい気がして、京助は話をずらす。
「そういえば今日、いつですか?」
「日曜日!」
 元気良く答えた。
 『何曜日』ではなく『何日』と聞いていたのだが、まあ別に問題ではないだろう。
 それより、怪鳥との戦闘があったのは『金曜日』の夜。つまり――
「……っていうと、まる一日寝てたって事ですか?」
「そういう事になるね」
 あっけらかんと会長は答える。
 額に手を当て、京助はうなだれた。
「まる一日無駄にしちまった……」
 激しい後悔の念が押し寄せる。土曜日の予定を立てていたのだが、全部台無しになってしまった。
予定していた事を涙ながらに頭から追い払う。
 せめてこれ以上無駄にしないように、立ち上がった。
「それじゃ、俺は帰ります」
「あっ、待った!」
 出口へ向かおうとする京助の『右腕』を、がし、と掴んだ。怪我をしている……右腕を。
「――ってぇ!!」
 息が止まるかと思うほどの激痛が体を貫き、京助は地面へと伏した。危うくまた意識を失うところ
だったが、なんとか耐える。
 痛みに呻きつつ、その状況を作り上げた人物を睨みつける。
 その状況を作った主は声をあげて笑った。
「あはは、ごめんごめん。怪我してたんだね」
「それぐらい忘れるなっ!」
 会長へ向かって怒鳴るが、反省の色は全く見えない。
 涙を浮かべながら続きを促す。
「ったく……で、何ですか?」
「あ、そうそう響子君から伝言があるんだ」
「伝言?」
 その言葉に京助は訝しそうな顔をする。
「『ごめん、ありがとう。またね』……だって。さっぱりとした伝言だね」
 会長は短すぎるその伝言を少し皮肉る。
 確かにメッセージとしては短すぎるが、京助にはそれで十分だった。
「あんな事気にしてたのか……」
 あの時の戦いで、京助が屋上から突き飛ばされたことだろう。
 口元だけで微かに微笑む。
 その様子を満足げに見ている会長に一つ質問した。
「最初の方はいいんですけど、『またね』ってどういう事なんですか?」
「……ふふふ、知りたい?」
 意地悪な笑みを浮かべる会長。
 きっと何を言っても答えてはくれないだろう。
「……」
 無言のまま、京助は窓を開けて空を見上げた。
 天気は快晴、雲一つ無い青空は透き通るようだった。
 時折鳥の囀(さえず)りが聞こえる。平和な午前だ。
 そんな空を見上げながら京助は呟いた。
「どうせ、また会えるだろ」

    *   *   *

 ――あれから三週間ほど経った。
 腕の怪我は治り、いつも通り京助は学校に通っている。
 それからは特に事件も無く、平穏な日常を送っていた。
 そして、今日も半分眠りながらホームルームを過ごしている。
「今日の予定は五時間目に学年集会が……」
 そんな退屈な話を聞いていた京助だったが、なんとなく顔を上げた。
 第六感、勘、直感……なんというかはわからないが、何か予感めいたものを感じたのだ。
 ――その予感は的中した。
「で、なんと今日は転入生が来ている」
 生徒達から歓声が上がる。それが落ち着くのを待って、担任はドアを開けた。
 思わず京助は目を見開いてしまった。
 そこから入ってきたのは一人の少女。髪を肩の辺りで切りそろえられ、やや吊り上った目の少女だ。
どこか冷たい印象を持たせるが、それを気にする余裕は無い。
“どうせ、また会えるだろ”
 いつか誰かが言った言葉が頭に響いている。それが自分の言葉だったような気もするが、どうだっ
たかは思い出せない。頭が混乱している。
 向けてしまった視線をどうしようかと考えていると、少女も自分に気付いたようで会釈した。それ
が自分に向けなのかはわからないが、そんなのはどうでもいい。
 視線を落として、混乱している京助の頭は一つの事を考えていた。
(あれはこの時を予知していたのか……)
 そして、別の事も考えていた。
 ――退屈な日常がとうに過ぎてしまったという事を。
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++あとがき++ 序章完結おめでとう〜自分!(微妙に寂しい) 本当、予想外に掛かっちゃって大変だった。 テストとスランプが同時に来ちゃってねぇ。 でも、とりあえずこれで土台は出来ました。 あとは主人公に楽しい学園生活を……望みたいけど、 あの主人公とヒロインじゃなぁ。 まあ、読む人が楽しく読めるようにがんばります。