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『ねえ、生徒会の噂って知ってる?』
『噂?』
『実はね。うちの生徒会って、化け物退治をしてるんだって……』
 
第一話 『生徒会の仕事』

「会長〜! 会長〜!」
 大声で呼びつつ、一人の生徒が廊下を走っている。
 その生徒の名は風岡(かざおか) 京助(きょうすけ)。この学校に通う高校一年生であり、平均的な身長に、どこかやる気の
無さそうな表情をしている。問題児でもなければ優等生でもないごく普通の生徒だ……表向きは。
 京助は会長を探していた。会長というのはこの学校の生徒会長、長くて言いにくいので京助は会長
と読んでいる。それがいつのまにか定着していた。
 何故探しているのかといえば、たんに会長がサボり魔だからだろう。彼は人をからかうのが何より
も好きという捻くれた性格の持ち主で、今回のようにいつもいなくなる。おかげでいつも京助が探す
事になり、無駄な時間を費やしてしまうのだ。
 そんな訳で、今日もいつも通り京助は探していた。
「くそ、見つからん」
 立ち止まり、壁に手を付いて休憩する。既に小一時間は探しているが、一向に見つからない。
 ある時は掃除用具を入れるロッカーに隠れていたり、ある時は運動部に混じって練習していたり、
またある時は京助の後ろに立っていたこともあった。
 会長を探してくるように命令したのは副会長だが、京助以上に迷惑を被っているので文句を言うつ
もりはない。会長のサボり癖の一番の被害者は副会長だからだ。
「そもそも、なんであの人が会長なんだよ……」
「確かにねぇ」
「だよなぁ。……え?」
 思わず会話をしてしまったが、京助の近くには誰もいないはずだ。
 顔を上げると、一人の少年が立っていた。
 やや伸びた銀髪を一つにまとめ、端整な顔立ちをしている少年だ。雪のように白い肌に銀髪がよく
似合っていた。にこにこと屈託の無い笑顔は見事に顔に馴染んでいて、親しみ深さを感じさせた。
 その少年こそ京助が探している人物――会長だった。
 美少年と言える美しさだが、京助にとって彼は悪魔に他ならない。
 逃げられないように会長の腕を瞬時に掴むと、京助は言った。
「副会長がお呼びですよ。会長」
 副会長、という単語が聞こえた瞬間、会長の表情が凍り付いた。見るのが爽快なほど一気に表情は
絶望に染まっていく。
「あ、あー急におなかが……」
「仮病はなし。さあ、行きますか」
 逃げようとはしているが、京助に手を掴まれているので逃げる事は出来ない。
 引きずられるようにして生徒会室へと連れられて行った。

    *   *   *

 生徒会室の広さは普通の教室と変わらない。十四、五メートル四方の部屋で、中央に応接用のテー
ブルとソファーのセット、窓側には机と観葉植物が置かれている。名目上は会長の机だが、いつも副
会長が使うので事実上は副会長の机だ。
 必要な物以外も充実している。クーラーや観葉植物は当たり前、絶対に許可が降りそうに無いテレ
ビやパソコンなどの電化機器まで置いている。不思議に思い、どうやって許可を取ったのかと京助が
聞いたら、会長は「快く、許可してくれたんだよ」と微笑みながら答えてくれた。その時の笑み未だ
に京助の記憶に残っている。
 他にも生徒会のマスコットキャラになっているオウムの〈ピエロ〉もここに居る。言葉を真似する
のが得意なオウムで、一度聞くとすぐに真似をしてしまう。おまけに覚えた言葉を流暢(りゅうちょう)に喋るので、
生徒の間では、「魔女に呪いを掛けられている」とか「悪魔の手下」などと噂されている。
 窓側の机には副会長が座っていた。
 京助は机の前に立ち、まるで軍人のような口調で報告する。
「会長、捕獲しました」
「ご苦労様」
 労いの言葉を掛け、書類を整理していた副会長は顔を上げた。
 副会長の名前は神田(かんだ) (かおる)。会長の恐れる数少ない人で、生徒会の雑務は全てこの人がやっていると
いっても過言ではない。京助もこの人だけはどうにも苦手だった。辺り構わず怒鳴り散らしたりはし
ないが、一旦怒らせると言葉に怒りが篭り、震え上がってしまうほど恐ろしい。
 容姿は腰まで伸びたさらさらの黒髪に、人形のように整った造作。瞳は冷え切っていて、例え幽霊
と遭遇したとしても平然と挨拶してしまいそうな平静さがある。動きの一つ一つがきびきびとしてい
て無駄が無く、社長秘書のような雰囲気があった。
 京助から視線を逸らすと、薫は会長の方を向く。
「そして会長……」
「ははは……」
 ばつの悪そうな表情で笑う。
 そんな会長にあっさりと薫は言った。
「机の上の意見書、全部片付けておいて下さいね」
 その言葉に会長は、ほっと安堵の息を付いたが、机の上を見てその表情が一変する。
 机の上には――
「これ、僕一人で?」
「ええ、もちろんです」
 机の上には天井に届きそうな高さの紙の山が出来ていた。
 薫はこの山を三つ以上やったのだが、常人……特にサボり魔な会長には不可能だろう。
 呆然としてる会長を尻目に薫は立ち上がり、帰り支度を始める。
 ――全く手伝う気はなさそうだ。
 会長はこめかみを抑えて考えていたが、京助の方を振り向きわざとらしく微笑んだ。
「風岡君〜?」
「帰りは寒そうっすね」
 手伝いを求める会長を無視して帰りの用意をしている薫に話を振る。
「ええ、そうね。……あ、そうだ会長」
「手伝ってくれるの?」
 一瞬、会長の目が輝いたが、
「終わったら鍵を閉めて鍵を職員室に戻しておいて下さい。それでは夜道に気をつけて」
 期待はあっけなく裏切られる。
 薫はそれだけ言うと、一礼して帰っていった。
 ちなみに保島とは一応、生徒会室の担当教師の事。しかし鍵の管理ぐらいしかしていない。
「さてさて俺も帰りますか」
 薫に続き、京助も帰ろうとしたが、
「待った!」
 静止の声が掛かった。
「京助君、手伝わない?」
「手伝う気はないっすね」
「今度、なんかおごるから」
「そのセリフ何十回も聞きました」
 京助は今までに何度も同じような理由で手伝ってきたが、おごってもらった事など一度も無い。む
しろ何かと理由をつけておごらされた事の方が多い……。
「それじゃ、夜道に気をつけて……」
 バタン、ドアが閉まった。
 生徒会室には会長と喋るオウムのピエロが残された。
『バーカバーカ』
「うぅ、ピエロが苛める」
 小馬鹿にしているようなピエロの言い方にぐさっと来る会長。
 そんな調子で作業を続けていく。
 確かに量は洒落にならないほど多いが、内容は至って簡単なものだ。委員会や部活動などで出た案
を採用するか不採用にするかという単純な作業。本来はもっとややこしい書類を片付けなければなら
ないが、そういうのはいつも薫が片付けている。
 だから、会長の仕事は極めて楽なはずだ。溜めることさえしなければ……。
「えーと、『生活委員をStudent Life(学生生活)、略してSL委員会に……』? んー不採用」
 ポンと判子を押して左に置く。
「次は……『図書室の蔵書数を増やしたいのですが……』、まあいいか……」
 判子を押して右に置く。
 ふざけた意見書もあれば、重要な意見の書かれたものもあるが、会長はぽんぽんと判子を押して行
く。適当に押してるようにも見えるが、一応は会長なので間違いはない……だろう。
 一時間ほどやっていると、紙の山がだいぶ減ってきた。あと少しで終わりそうだ。
 会長がラストスパートを掛けようとしたところで、異変が起こった。
 ピエロが嘴をカチカチならせながら首を振り始めた。無論、普段はこんな事はしない。
「来た……みたいだね」
 その様子を見て会長は呟く。
 少しすると、だんだんと落ち着きが戻ってきた。
 どうやら『来た』らしい。
『あ、あーあー、よっしゃ久しぶりに出てきたぜ。体が鈍って鈍ってしょうがねえな……ん? 今日
は会長さん一人しかいねえな。一人残され仕事かい? 寂しいことだねぇ』
 どうやらかなりのお喋りのようだ。“この状態”のピエロは。
 会長は気にするようもなくピエロに尋ねる。
「お喋りはいいから早く言えって。どこ?」
『焦るなって……南十五キロの南の公園だ。既に応戦してるけど、ちょいきついな。ガキも近くにい
るから早めに――ってせっかちな野郎だ』
 ピエロが気付いた頃には既に会長の姿は無かった。
 窓が一つ、開かれていた。
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++あとがき++ 今回は学園ファンジーなので生徒会を使ってみました。 会長と副会長のキャラは結構気に入ってたりします。 自分で言うのもなんだけど。 ちゃんと続くかどうだか不安だけど、まあ頑張りますか。