孤独を恐れ、逃げた弱い俺がいる
孤独に耐え、戦った強いあいつがいる
強いって何だ? 弱いって何だ?
本当の……強さ?
雪降るあの頃
もう下校時間をとっくに過ぎているので廊下ですれ違う生徒はまばらだ。
「どーだかな……」
進路希望と書かれた紙を見て呟く。
今回のは行きたい高校ではなく、なりたい職業を書くだけだった。比較的簡単なのだが、如何せん
俺には夢が無い。これはどんなテストより難問だった。
明日までなので別にわざわざ残って書く必要は無い。しかし、明日に延ばすのはどうも気分が悪い。
そんな訳でわざわざ学校に残って考えてる。
「なりたい職業なんてねえし……」
当てもなくぶらぶらと歩いていると人影が目に入った。しゃがみ込んで何かを探しているようだ。
体育館と校舎をつなぐ通路の外側にそいつはいる。多分、女だ。
「何やってんだ?」
「ん?」
そいつは立ち上がり、振り向いた。
黒髪が微かに揺れ、顔が見えた。
瞳はやや鋭く、口は真一文字に結ばれていて冷ややかな表情をしている。
その顔には見覚えがあった。
「橋本……だよな?」
「そうだけど、あんたは……誰だっけ?」
知らないのも無理はない。俺はそもそもこいつとは面識がないのだ。
俺が覚えていたのは……ちょっとした理由だ。
少し間を置いて、自己紹介する。
「同じクラスの野木だよ、野木」
「野木……野木……ああ、あの呑気(のんき)そうな奴!」
「悪かったな」
そう言う事は出来れば本人の前では言わないで欲しい。
そんな思いやりの欠片すら無さそうだが。
「……探してるの」
「へ?」
「さっきの質問の答え」
どうやら「何やってんだ?」の答えらしい。
もう少し流れというものを考えろと言いたい。
「何を探してるんだ?」
「靴」
「そう……か」
やや口ごもりながら納得する。この答えは予想できた。
俺がこいつを知っているのは――こいつがクラスで疎外されているからだった。
誰かに暴力を奮う訳でも、誰かを傷付けるだけでもない……。ただ、まっすぐで悪事を見逃せない、
その性格が災いした。
クラスでのいじめを見逃すことができなかったのだ。いじめをやめなかった彼らの事を彼女は教師
に伝えた。その結果いじめてた連中の恨みを買い、靴を隠されたりノートを隠されたりされている。
クラスの全員が気づいていたけど、止める人はいなかった。
彼女の友達も親友もみんな見ているだけだった。
俺も……そうだ。
そして、彼女は独りぼっちになった……。
「……」
――何も言えなかった。
その目は強さも弱さも、慰めは必要ないとも語っていた。
俺は強いなと思った。
誰の助けも同情も必要とせず、独りだけで耐える――俺にはそんな強さはない。
失うのを恐れ、一人になるのを恐れて、逃げる事しか出来ない弱い自分。
進路を考えてる時、ようやく気付いた。
俺は……弱い。
「探すの手伝おうか?」
「別に」
別に構わないという事なのか、別に必要ないと言う事なのか。多分、後者だろう。
「それと、私と話してるとあんたまで……」
「どうせ、誰も見てねえよ」
こんな時まで人の心配……本当に強いな、こいつは。
「ひとつ、聞いていいか?」
「どうぞ」
「……お前は」
これまで一番気になってた事。
今まで話す機会が無くて、聞けなかった事。
「……俺を恨んでないのか?」
直接やったわけではないが、気付いていたのに見過ごした。それはいじめてた奴らと同類――いや
それ以上の罪だと思う。
だから、彼女が恨んでも当然だ。いや、恨まないはずが――
「なんで恨むのよ」
彼女はさも当たり前のように言った。
それは嘘でも誤魔化してる訳でもない本音。
俺は少し拍子抜けしてしまった。
「だ、だって、俺は止められなかった……」
「多分、私も止められなかったと思う」
「え?」
風が辺りを通り抜けた。
髪が靡(なび)いて、木々が揺れる。木の葉が舞った。
ゆっくりと彼女は立ち上がり、俺に向き直った。
「私はあなたが思ってるほど強くない」
その言葉はどこか弱々しかった。
それが彼女から見えた、たった一つの弱さだった。
「私がもし同じ立場だったら止められなかったと思う……」
「でも、お前は……」
一度も泣かなかったじゃないか、そう言おうと思った。
だけど、彼女が遮った。
「だって初めは辛くて陰で泣いていた」
淡々と語っていく。
他人の事を話しているかのように感情が篭っていない。
「涙ってのは不思議な物でさ。泣き続けると枯れちゃうんだよ」
「……」
「涙は枯れても悲しみまでは枯れないんだね」
何が可笑しいのか蚊の鳴く様な声で笑う。
その声には楽しいとかうれしいとかそんな感情は一切無い。ただ、無理して笑っているだけだ。
笑いもだんだん消えてきて、彼女はすぐ側の壁に腰掛けた。
俯きながら言葉を続ける。
「慣れた今でも、時々悲しくなるんだ。……泣けないけどね」
表情は俯いてて見えないが、なんとなく彼女が泣いているような気がした。
「……」
俺は何も言う事ができない。
中途半端な慰めは望んでいないだろうし、同情もされたくないと思った。
だから、静かに見守っていた。
何分経っただろうか? ひょっとしたら何時間も経っているかもしれない。
気づいたら空は紅く染まっていた。
そろそろ声を掛けようと思ったら彼女が立ち上がった。
「あー、あんたに愚痴ったら少し楽になった気がする」
笑ってそういう彼女の目はほんの少し赤かった。
なんも俺は出来なかったけど、これで良かったんだろう。
俺が少し安心した瞬間、一つの事が頭をよぎった。
「……あぁっ!」
「……どうしたの?」
「大事な事を忘れてた。進路希望、考えないといけないんだった……」
今になって思い出す本来の目的。
これを考えるために今日は残ってたんだった。
「それで残ってたのか。まあ私はもう決めたけど」
「いいなあ。一体何て書いた?」
「パクらないでよ?」
「パクらないって」
彼女は疑いの眼差しを向ける。
参考にはしよう、と心の中で呟いたのは秘密って事で。
「私は……先生って書いた」
「は……?」
自分でも冷たいリアクションだと思ったが、仕方ない気がする。
彼女がそんな事を言うなんて……意外だった。
「なんで、またそんな……?」
「意外だ、とか思ってない?」
「ないない!」
ぶんぶんと音が鳴りそうな速さで首を振るが、ますます疑ってるのがわかる。
誤魔化すようにちょっと聞いてみる。
「それで何でなんだ? 生徒達と青春……とか?」
彼女は心外だと言いた気に眉をひそめたが、少し考えて言った。
「私がなりたい理由は……やっぱりいじめを無くしたいからかな」
「立派だ」
それは茶化したわけではない。心の底からそう思った。
自分は救われなかったから他人は救いたい。一見情け無いようにも取れるが、それはとても難しい
事だ。自分が救われなかったのに他人なんかが……と考える方が多いと思う。俺ならきっとそうだ。
「それは褒め言葉と取っていいの?」
「さあな」
俺はとぼけるようにそう言うと、進路希望の紙を取り出した。
そして、両手で持つと、それを縦に破った。
さらに重ねて横に破り、縦に破り……やがて紙は紙くずになった。
紙くずを放すと、それは風にあおられ遥か彼方の空へと舞い上がる。
……そして、見えなくなった。
「いいの? そんなことして」
「別にいいだろ。お前見てると、これが馬鹿らしくなってきた」
それは本音だった。
将来の事を真剣に考えている彼女を見ると、今将来を決めなくてもいいと思う。
いつか、彼女のように素晴らしい夢ができるかもしれない、そう思った。
「……そっか」
「無くしたって言い訳も出来るしな。……ん?」
何かが頬に触れた。
微かな冷たさを感じさせると、すぐに消えた。
頬を触ってみると濡れている。
まさかと思って空を見上げると、いつのまにか雪が降っていた。
「雪が降ったな」
「そうね。靴も見つからないし帰ろうかな……?」
「そーいやそっちの問題は残ってたな。手伝うか?」
彼女は首を横に振った。
「どうせもっと別な所でしょ。探すのも面倒だし、帰ろうよ」
「別にいいけどよ。外靴が無いんだろ?」
一瞬、彼女の表情が固まった。
どうやら外靴が無い事を完全に忘れていたようだ。
「あーどうしよう。おぶってってもらおうかな?」
「ふ、ふざけんな! んな事できっか!」
必死に反論すると、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「それじゃ抱っこで」
「馬鹿野郎っ!」
ふざけてるのか真面目なのか、いやふざけてるだろうな。
顔が熱くなるのを感じて俺は背を向けた。
沈黙が広がる。
その中で呟く様に彼女は言った。
「今日はありがとう」
「……ああ」
二人の声は空虚に響いて……消えた。
――空からは相変わらず雪が降っていた。
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++あとがき++
あー恥ずかしい!
恋愛物に初挑戦してみた結果がこれでした。
ええ、笑ってください。この様を。ざまあみろって感じ。
ま、思ったよりましだった気もするけど、
最後の方を読み直してみると作った本人が恥ずかしい。
気が向いたらまた作ろうかなぁ。
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